昨年はサッカーワールドカップで盛り上がったが、2023年は野球の年になりそうだ。その先駆けとして、3月9日からWBC(ワールドベースボールクラシック)が開催される。
コロナ禍で自粛が続いていたこともあり、久しぶりの声出し応援解禁。
あわせて、「春はセンバツから」と称される選抜高校野球。今年は3月18日に開幕される。
3年前の春のあのシーン。選抜出場が決まっていたにもかかわらず、大会中止が決まった高校球児の流す涙に心を痛めた人は少なくないだろう。筆者もその一人。今回、その甲子園にも従来のスタイルがようやく戻ってくる。
■野球留学について
そんな甲子園だが、選手の出身地と高校の所在地という観点から、以前から気になることがある。高校球児が地元から離れた遠隔地にて甲子園を目指す、いわゆる野球留学である。
よく引き合いに出されるのが、青森県の八戸学院光星高校。2016年のセンバツに出場した際、登録選手18人のうち、青森県出身者はわずか1人。他は、大阪府11人、群馬県2人、兵庫県1人などで、東北6県出身者は一人もみられなかったという。
ちなみに、同校OBのプロ選手として、巨人の坂本勇人は兵庫県、千葉ロッテの田村龍宏は大阪府出身である。
■WBC出場者でみてみたらどうだろうか
では、現役プロ野球選手は高校時代に野球留学していたのだろうか。
これまでのWBC出場者を対象として調べた。なお、単純に、出身地と出身高校が同一都道府県であれば地元出身とし、地元都道府県比率(以下、地元県比率)を算出してみた。
まず、今年実施される第5回WBC出場登録者30名では、地元県比率は77%(ただし、ヌートバーは除外、出場辞退した鈴木誠也は含む)。
では過去、第1回から第4回の地元県比率はどうだったか。
それぞれ、81%、62%、54%、75%。実施回によりその程度は異なるものの、いずれも過半を超えている。
ちなみに、昨季日本一になったオリックスの全登録選手を対象とした場合は75%で、第4回、第5回とほぼ同様の傾向だ。何れも約4分の3が地元県に所在する高校の出身である。
これらは、上記の前提条件に基づいたものであるが、未就学期に転居し、その後同一県で過ごした場合なども付け加えると、その比率はさらに高くなるだろう。
一方、同一県にこだわらず、隣接県での場合(例えば兵庫県出身であるが大阪府の高校に入学するケース)を加えると、第1回から第5回までの比率は、それぞれ、91%、72%、75%、82%、80%とさらに高まる。
これらの結果で全てを論じることはもちろんできないし、そのつもりもない。ただ、地元県比率は筆者が当初想定していたほど少なくなく、むしろ高いのではと感じている。
■野球留学から見えてくる地元愛
以前、甲子園での史上最高勝利数を誇る智弁和歌山高校の元監督高島仁氏の話を聞く機会があった。弱小だったチームを甲子園常連校にした、その苦労話はとても興味深かった。中でも驚いたのはチームの高校生はほぼ地元だったこと。過酷な練習で鍛えられた選手は野球留学を経た他の高校生にも引けを取らなかったということだろうか。
地方から在京・在阪などの甲子園出場常連校への進学やその逆のケースという野球留学の話が報道されることは珍しくない。
筆者はそこにも刷り込みや拡大解釈の一因があるのではと感じている。例えば、大阪府出身で東北高校のダルビッシュ有、兵庫県出身で駒大苫小牧高校の田中将大といった有名選手だからこそ影響力が増し、まるで多数派だというような一種の錯覚を生じさせているのではないだろうか。また、同時に、野球留学しつつも日の当たらない数多くの選手がいるという現実がある。その後の人生において、野球留学=プロ野球の成功者とは限らないのだ。
そういえば、メジャーリーガーの大谷翔平や、昨季完全試合を達成した佐々木朗希はともに岩手県の地元高校だったし、佐々木に至っては地元の仲間ととともに甲子園出場したいことから、県外有力校からの誘いを断り、地元公立高校を選んだという。
繰り返しになるが、プロ野球の頂点にあるWBC選出組のうち、遠隔地へ居を移す「野球留学」者以外の地元高校への進学は既述の通り、半数をかなり上回るようだ。
居場所が変わらなくても、深い情熱と不断の努力があれば、いずれ結果が伴ってくるということなのだろうか。そこには勝利至上主義とは趣きの異なる「地元愛」というものも見え隠れしているような気がする。
■おわりに
数ある野球漫画の中でも有名な作品の一つといわれる『ドカベン』。高校3年間を描いた『ドカベン』48巻及び『大甲子園』26巻の計74巻の単行本数がそれを物語っている。そしてそれはプロ野球選手にも大きな影響を与えたといわれている。
中でも、その31巻は一段と分厚い。それはファンの中で神回といわれ、単なる野球漫画の域を超えたヒューマンストーリーが描かれている。悪球打ちの岩鬼三塁手、豪打堅守の山田捕手、小さな巨人・里中投手、そして、秘打で名手の殿馬二塁手。彼らは、神奈川県という地元(山田など一部出身地は異なるようだが)で、それぞれが様々な事情を抱えつつ、センバツの決勝戦に挑んでいる。中でも、見た目が最も野球人らしくない殿馬の逸話が印象深い。
彼は元々音楽の道を目指していた。特にピアノの腕前は断トツだったが、指が短く、課題曲を演奏できなかった。そこで彼はある決断をした。指の股を割く手術をしたのだ。残念ながら術後の回復が間に合わず、コンクールに出ることが叶わなかった彼が一人音楽室で奏でる曲。それを聴いた先生は「ここに日本一の秘弾『別れ』がある」と絶賛する。
この回想シーンとともに、延長12回裏の殿馬の打席。背の低い彼が持っていたのは長尺のバット。本来は届かない外角の球を見事に捉えて、起死回生の逆転サヨナラホームランを打ち、センバツ優勝するという結末。彼の音楽に対する思いをバットに込めて放ったような一打。歓喜に沸くチームと球場全体、が、彼はいつものポーカーフェイス。高校野球の感動と清々しさを表すシーンにファンがうなるのも分かる。
WBC第1回、第2回のMVPに選ばれた松坂大輔がこの殿馬の「秘打を真似しようとした事もあった」という。
その他のプロ野球選手においても「ドカベン」の各キャラクターたちに憧れて野球を始めた、また続けているという記事を随所でみる。きっかけは色々あるだろうが、この漫画が彼らの将来の進む道へ影響を与えていることは間違いなさそうだ。
全ての甲子園球児には、多かれ少なかれ様々な背景や事情があるに違いない。そんな彼らを4年ぶりに大声で応援したいし、地元出身だろうが、そうでなかろうが気にはならない。
出場選手全員の健闘を祈る!
■略歴■
不動産鑑定士トシこと深澤俊男(ふかざわ・としお)。不動産業界に30年以上。CBRE総研大阪支店長を経て、深澤俊男不動産鑑定士事務所代表、株式会社アークス不動産コンサルティング代表取締役。近畿大学「