先日の読売新聞1面に、「パイロット訓練短縮 国交省方針 効率化で3か月」という見出しが躍った。旅客機のパイロット資格を取得するのに要する期間を短縮し、将来の担い手不足に備えるためという。
この話題、今を遡ること30年余り前にも耳にした。
以前のコラム「豊中市の空港周辺地域整備構想がスタート!~迫力ある飛行機撮影スポットが充実~」の■おまけで触れた、筆者が就職活動していた時期である。あの時も、将来のパイロット不足に備え、航空大学校のみならず、一般の大学生にも受験の機会が設けられた。
記事には、今後パイロットの大量退職が控えており、2030年頃のパイロット必要人員は9千人とする試算もある、と続く。そして、パイロットが不足する「2030年問題」という箇所で、複雑な思いになった。
またこのワードが現れたからだ。
■「20XX年問題」あれこれ
年が明けて1か月余りが経つが、そろそろ2023年という表現に慣れてきた頃だろうか。
昨年、コラムで何度か取り上げた「大阪オフィスビル2022年問題」が過ぎ去り、一段落と思いきや、「東京オフィスビル2023年問題」が見聞きされ始めている。
以前から何度か触れているが、この「20XX年問題」たち。20世紀には見られなかったこのフレーズ。おそらく「2000年問題」がその発端ではないだろうか。
世紀を跨いだ際、それ以前の設定などからコンピューターが誤作動を生じ、世界が混乱状態に陥るのではないかというものだ。
その後、「東京オフィスビル2003年問題」を発端に、「名古屋オフィスビル2007年問題」「大阪百貨店2011年問題」など不動産関連の話題が続いた。
特に、「東京オフィスビル2003年問題」は「六本木ヒルズ」など注目度の高い巨大ビルの竣工ラッシュを中心に、全国区のニュースになったことが懐かしい。
もちろん不動産業界ばかりではなく、団塊世代の大量退職が話題になった「2010年問題」など、21世紀初めには「20XX年問題」が頻繁にみられた。その後も断続的に出現し、直近でも、トラックドライバーの時間外労働時間が制限される「2024年問題」など何らかの「問題」を見聞きする。
■「20XX年問題」という表現
この「20XX年問題」。よくよく考えると、この言い回しには奇妙さを感じる。不動産関連については特にそうだ。
ある年、不動産市場に多くの供給が予定され、それがこれまでない量だと特に注目される。それ自体はその時点での事実に過ぎず、それ以上でもそれ以下でもない。不動産市場は完全市場ではなく、都心マーケットはなおさら限定的な市場である。にもかかわらず「問題」という表現でクローズアップされることには疑問が生じる。
そもそも一体誰が問題と捉えているのだろうか。誰にとっての問題なのだろうか。
話を単純化するために、ここでは都心マーケットを前提とした、事業者と利用者、そして市場をみてみよう。
物件が例年を大幅に超えて供給された場合、事業者側からすると、過度の競争状態となり、結果として価格や賃料が下がることが予期される。それは彼らにとって問題だろう。
一方、利用者側からすると、物件が多く供給された結果、選択肢が広がる。はたしてそれは問題なのだろうか。また、価格や賃料が下がる可能性についてはどうなのだろうか。
さらに、市場側からみるとどうだろう。大量供給は相当話題になるのに、微量供給が話題になることはあまりない。
以前のコラムでも述べたが、供給が極めて少ない状況が続くことは需要が生み出されないことにもつながり、この状況はマーケット全体としては好ましくない。逆に、大量供給は限定的な期間に多く供給されるため、短期的には混乱する可能性はあるものの、中長期的には健全化につながると筆者はみている。不動産マーケット、特に都心オフィスはそのように推移してきた。
以上から筆者は2点を危惧している。1つは、そもそも「問題」と感じる該当者が偏っていること。もう1つは「問題」というワードを付加することで、世間から注目を浴びる一方、恐怖心を煽られていないかということである。
■未来を憂いすぎることなく過ごすためには
まだ見ぬ先を憂うのはわかる。例年と異なる事態に備え、様々な手立てを施すことも必要だろう。ただ、必要以上に煽られるのはいかがなものだろうか。
世界的にベストセラーとなったハンス・ロスリングの『ファクトフルネス』にて、「恐怖と危険は異なる」という記述がある。
筆者も同感だ。文字通り、恐ろしいとは主観的な要素が多く入り込む。対して危ないとは客観的に判断されることが多い。一般に用いられる「リスク」という概念に近いだろう。
同書ではこうも言っている。
「恐ろしいと思うことは、リスクがあるように「見える」だけだ。(中略)恐ろしいことに集中しすぎると、骨折り損のくたびれもうけに終わってしまう」
そして、「ファクトフルネスとは「恐ろしいものには、自然と目がいってしまうこと」に気づくこと」「世界は恐ろしいと思う前に、現実を見よう」と結論付けている。
様々な事前努力が功を奏した面もあるだろうが、前述の「2000年問題」で世界の破滅は起きなかった。また、「東京オフィスビル2003年問題」では一時的に空室率は過去最高水準まで上昇したが、その後、急降下するなど不動産マーケットへの影響はごく限定的なものにとどまった。
不動産関連の「20XX年問題」で、実際にマーケットを揺るがすほどの甚大な影響が起き続けたことはこれまでほぼない。これが過去からの実績であり、我々の体験である。
いたずらに明日を憂うことなく、気持ちに余裕をもちつつ、中長期的にマーケットを見てはどうだろう。そこには「VUCA」の心持ちが必要なのではないだろうか(以前のコラム「近畿2府4県主要駅での路線価トレンド~曖昧さを受入れ、少し長い目でみては?~」の「■おわりに」参照)。
■おわりに
不動産マーケットではないものの、冒頭のパイロット不足の話題もその事実を正しく伝えれば、然るべき対処も可能で、結果として杞憂に終わるような気がする。それだけの話であろう。そこに「問題」というワードは不要だと信じる。
踊らされることなく、煽られることなく過ごしていきたいものである。
■略歴■
不動産鑑定士トシこと深澤俊男(ふかざわ・としお)。不動産業界に30年以上。CBRE総研大阪支店長を経て、深澤俊男不動産鑑定士事務所代表、株式会社アークス不動産コンサルティング代表取締役。近畿大学「