「持続可能性」というワード。この数年間、何度耳にしただろう。「サステナビリティ」とも称され、世界でも市民権を得ている。その詳しい内容は巷の情報源に委ねることとして、今回はこの「持続可能性」と、一見相反するように感じられる「建替え」をテーマとする。
■「住宅双六(すごろく)」
以前、「住宅双六」という言葉が流行ったことがある。「ふりだし」は小さなアパートからその居をスタートし、賃貸マンションや分譲マンション、そして一軒家へと住み替えていく過程をすごろくになぞらえたものだ。当時の「あがり」は庭付きの一戸建て住宅であり、多くの人がそれを目標としていた。
先般のコラムでも紹介したが、現在、必ずしもゴールはそこではなさそうだ。今般のコロナ禍も少なからず影響を与えているだろうが、各人が置かれている環境やその優先順位により、変化していく様を感じざるを得ない。
ちなみに、大学講義にて20歳前後の人たちに、「住宅双六」のことを随時質問しているが、そもそも聞いたことがないという回答が多くなってきている。また、あわせて場所にはあまりこだわらないという意見も目立つ。住まいに対する価値観の多様化を実感するとともに、この「すごろく」という見方がもはや時代に合わなくなってきているのは否めないだろう。
■世の中の住み替えについて
住み替えは、人生での大きな分岐点の一つであると同時に様々な課題を含んでいる。その一つが従前住宅のその後の利用である。身内も含めて次の入居者が確保できればよいものの、そうでないケースが昨今、増加している。いわゆる「空き家問題」である。持ち家であれ借家であれ、その後、一定期間利用されない住宅はその価値が低下し、場合によっては取壊しの憂き目にあうことも珍しくない。
一般的な木造一軒家の場合、日本では20年から30年でその価値はほぼなくなるといわれていた。近時はより長い耐用年数のものも見られるようになったものの、傾向が大きく変わったとはあまり感じられない。
世界を見渡すと、住宅に対する根本的な考え方の違いが垣間見える。欧米諸国では、既存住宅の方が新築住宅を上回る価値を持つことも珍しくないという。そこには単なる築年数とは一線を画する価値観と奥深さがある。他人の使用した住宅に手を加えながら自分仕様として長く住み続ける彼らと、新築=よいものとして手に入れようとする日本人との違いが浮き彫りになる。後者には、いわゆる「新築神話」が存在しているのだ。
しかし、はたして現代日本人の建物に対する感性は、本当に新築を優先する志向が根底にあるのだろうか。単なる「スクラップ&ビルド」、つまり「壊して建てる」という、半ば無味乾燥な意識に覆われているのだろうか。
ここで、建替えについて、日本人と関わり深い、ある有名な実例があるので紹介しよう。
■伊勢神宮にみる先人の知恵
(伊勢神宮外宮の古殿地:建替えのための土地)
式年遷宮という古来より続いている行事が、伊勢神宮で行われている。その境内地に所在する正宮をはじめとした数々の建物が、20年に一度、建替えられる。この制度が確立したのは西暦690年。持統天皇の代といわれており、1300年以上、続いている。
遷し替える用地は現存建物の隣りに常にある。つまり、隣合わせの同じ大きさ、同じ形の並んだ土地の上を、20年毎に建替えられた同じ建物が行ったり来たりしているのだ。
ちなみに、なぜ20年という期間なのだろうか。諸説のうち、以下の3つが有力とされている。
1 建物の耐用年数
2 建替技術の伝承期間
3 稲の貯蔵年限
どれが正しいかはさておき、この定期的な建替えが、一時期を除き、飛鳥時代から脈々と続けられていることに驚嘆させられる。同時に、この行事そのものから神秘的なイメージを捉えがちであるが、決してスピリチュアルなものだけではなく、合理的な視点が垣間見える。
例えば、上記の3の場合、高床式倉庫には稲を貯蔵するために様々な工夫がなされている。
高床は水害を防ぐため。萱の屋根は保温性に優れ耐水性が高いこと。板壁は降雨時に水分を吸収し、乾燥時には排出するなどの機能を有する。これらの特性を古来より知り、それを踏まえたものを作り上げていたことにも驚く。
そして、これらが長く伝承され、今日に至っている事実からは、外見のカタチは変わらないものの、いわば永続的に世代交代が進められるという、古人の知恵を感じる。本質的なものは不変だが、建物自体は更新され続ける「常若(とこわか)」の精神。そこに人々は価値を認めているのだろう。これは冒頭の「持続可能性」の考え方に近いものではないだろうか。
近時、古民家ニーズの高まり、地方移住のブームなど、都会以外の土地に立つ築古建物の存在価値が見直されている事例が少なくない。これは建物が利用可能で少なからずニーズがある場合、通常の機能さえ兼ね備えていれば、築年が相当古くとも十分価値は残っているということを示唆しているのではないだろうか。
さらに二拠点、多拠点居住などのスタイルが広がりつつある。とすると、前記遷宮のような形態は、一般住宅にも適用でき、遷す先は隣地や近傍地に留まらず、遠隔地も含めた様々な場所が候補となりうるなど発展的な取り組みが可能だろう。令和版の「二拠点遷家」「多拠点遷家」とでも称しようか。副次的効果として、空き家の一部解消に寄与する可能性もある。
以前の住み替えは、一戸建てといったゴールを設定しつつ、起点から終点まで結ぶ直線的な矢印で表現する「住宅双六」型式が主流だった。しかし、我々は、稲作を毎年繰り返すことや、式年遷宮のように一定期間で更新することなど半永久的に続けていく感性を持ち合わせている。長期的な暦を俯瞰しつつ住まいと共に旅をしていくようなイメージだ。そこに必要に応じて「継続的な建替え」というプロセスを組み込めば、単に「壊して建てる」とは異なる意義が生じるだろう。それはまるで社会全体で無限ループを描いていく「共有カレンダー」型式のように映る。
あらためて、住み替えに際しては、拡大や上昇よりも、継続することをさらに重視してはいかがだろうか。
■おわりに
一般に、新築建物は最新技術が取り入れられ、また見た目もきらびやかである。ただ、そこには言葉には表現しづらい「時を経た深み」というものが熟成されてないように感じられる。
また、既述のとおり、通常、建物はその耐用年数から価値が減少し続け、通常、一定期間を経過すると必要とされなくなり、ほぼ無価値となる。ただ、古来より長く存在し続ける建物は、時を経るほど、そこには得も言われぬ「風味」が醸し出され、そこに存在価値が生じる場合が少なくない。
時代が大きく変わりつつある今こそ、「古くて新しい」先人の知恵を取り入れつつ、次の時代へつなげるしくみを考えるよい機会ではないだろうか。
■略歴■
不動産鑑定士トシこと深澤俊男(ふかざわ・としお)。不動産業界に30年以上。CBRE総研大阪支店長を経て、深澤俊男不動産鑑定士事務所代表、株式会社アークス不動産コンサルティング代表取締役。「物言わぬ不動産と都市不動産マーケットの語り人」として、中立的な立場で独自視点の調査コンサル・講演活動などを行う。上場企業、自治体、各種団体、大学など独立後13年間の講演・講義回数は約300回。その他、本邦初のサービス「ビル史書」や「地跡書」を展開中。趣味は旅行。全国47都道府県に足跡がある、自称「ほっつきWalker」。こちらから「☆コラムちらし☆202200916☆」をダウンロードできます。