昨今、働き場所について考える場面が増えている。小規模企業や個人事業主などの場合、大きな資金を投入しづらい事情があるかもしれない。しかし効果的な経営は続けていかなければならない。そこで、できるだけコストを抑え、身近な不動産を活用できないものだろうか。今回はそんな話である。
■オフィスについての見方や考え方が変わった?
以前「断捨離」という言葉が流行り、今や日常で使われている。やましたひでこ氏が提唱したこの考え方。同氏の「ウチ“断捨離”しました」という番組が放映されている。
自宅と異なり、オフィスは営利企業の拠点であり、それを断捨離することは様々な副作用を及ぼす。例えば、立派なビルへ移転したり、面積を広げることなどは前向きな移転と捉えられる反面、面積を縮小するなどは後ろ向きの動きとみられることが多い。事業用の不動産の場合、断捨離とはややネガティブに感じられる要素を持っているのだ。
ところが、今般のコロナ禍でその風向きが変わり、後ろ向きの動きを含めたオフィスの再編を各社が実施または予定している。一種の断捨離といったところだろうか。その先陣を切ったのが、IT系企業や外資系企業の動きであり、それに追随した企業もある。ただし、その多くは、2020年8月に書いたコラムにて述べた「ハイブリッド型」にトライしているのではないだろうか。
同コラムにて述べたことは「メインビルを適正規模化し、在宅勤務も含めた必要に応じて使える拠点を「多数」組み合わせることで、フレキシブルに仕事をするスタイルが可能となる」であるが、はたして本当にそうなのか。大企業には適用できても、それ以外の小規模事業者でも通ずるのか。自ら試してみた。
■その1:都心オフィスのダウンサイジング
まず、今の都心オフィスについて館内移転を実施した。館内移転とは同じビルの中でその場所を移動するものである。もちろん移転するので、業務用備品の移動や電話の移転手続き費用などはかかるがその負担はかなり小さい。メリットは同じビル内なので、所在地、電話番号などを変更する必要がなく諸手続きにほぼ手間がかからない。この同ビル内というのがポイントで、テナントが退去しないのでオーナー側にとっても安心感があるのだ。
既に述べた通り、ダウンサイジング(減床)というと一般的にイメージはあまりよくない。ただし、床を減らすこと、それが持つマイナスイメージは以前と比べ少なくなっているように感じる。ちなみに、減床の対象は、接客のための応接スペースや書庫など。コロナ禍で、主たる顧客である都心の企業が在宅勤務などへ移行し、対面でのやりとりが大幅に減少した。これらのスペースは本当に必要なのかを自問した際、不要と判断した。ビル内に自由に使える談話室や貸会議室があったことも後押しした。
以前から、オフィスの借り方は「必要なとき」に「必要なだけ」が望ましいと考えている。大がかりな設備投資をしない小規模事業者の場合はなおさらだ。よって、不要なスペースをひとまず除去してコンパクトにすること、そしてまた必要となった際に再検討するという柔軟な方法をとることがよいだろう。まさしく「断捨離」の考え方である。
■その2:サードスペース群の確保
次に、都心オフィスと自宅以外の執務スペースなどを検討した。ちなみに、別のコラムにて、サードスペースについての私見を述べたが、その考え方も取り入れた。
(サードスペース例:その1)
その一つ目として、昨夏、居住している市内の会員制のサービスオフィスと契約した。それは、地元行政などが運営する産業支援施設で、金融機関が保有するビル内に所在する。
そのビルを簡単に紹介してみよう。非接触型セキュリティーゲートを通り、専用エレベーターを利用することで、階下の金融機関とは動線が分離されており、互いにセキュリティーは万全である。
ビル最上階にその施設はある。執務スペースには、南西向きの大きな窓があって開放感にあふれている。天気の良い日は大阪市内のビル群や大阪ドームも見える。そこで、好きな音楽を聞き、大阪空港に着陸する飛行機を眺めつつ、アイディア構想型の仕事をする。目に入ってくる視界と耳からの心地よい音、そして眩い日の光を浴びている様は、まるでリゾート地のようなストレスフリーな環境で快適である。よく耳にする「ワーケーション」そのものだ。ちなみに、僅かな会費で利用でき、コストパフォーマンスは高いと感じている。
その二つ目として、実家の近郊に身内が所有しているほぼ空き家状態の建物がある。それに少し手を加えたものを都合のよいタイミングで使っている。見栄えはもう一つかもしれないが逆に味があっていい。「空き家活用ワーケーション」といったところだろうか。わざわざ風光明媚な有名リゾート地まで赴かなくとも周りは適度な緑があり、普段着の自然を満喫できる。ちなみに、水道光熱費などの実費のみでそれ以外のコストはかかっていない。
(サードスペース例:その2)
■「地元ワーケーション」のすすめ
このように、居住地や実家という地元エリアにある施設や何げない場所も、工夫次第でワークスペースとして利用することができるのだ。そこには居心地のよい地元のカフェなど自身のお気に入りの場所も含まれるだろう。
筆者はこれらをまとめて「地元ワーケーション」と名づけた。一般にワーケーションというのはリゾート地などの非日常的な場所を仕事場とするケースが多くみられる。対して、「地元ワーケーション」は移動時間や経常的なコストがほとんどかからず、何よりも日常に近い身近な場所で、同様の働き方が心地よくできることに意義があると感じている。小規模事業者にとって、これなら手軽にトライできるし、合わなければいつでも軌道修正できる。やめるのも自由だ。資本力を持つ大企業とは別の考え方で、今ある手軽なものをうまく使う。「足るを知る」精神に通じるといえるかもしれない。
ちなみに、このスタイルは終着点ではなく、これから始まる段階のものである。その意味も込めて「地元ワーケーション1.0」とも呼んでいる。
なお、この働き方は何も斬新なものではなく、フリーランスの方々を中心に似たようなスタイルが以前から散見されることは言うまでもない。
■小規模事業者に合った新しい働き方がさらに進展する
このように固定費がかかるのはメインオフィスのみで、他のサードスペース群を全て合わせても、経費はきわめて少額に抑えられている。このような働き方が可能な小規模事業者ならではかもしれないが、身軽な経営スタイルの一つではないだろうか。
実際、この形態を1年ほど続けてみたが、特に不都合を感じていない。
その時々の状況により、都心のメインオフィス、そしてこれらのサードプレイス群を活用することで、フレキシブルな選択肢がさらに増える。前回「コラムの■おわりに」で触れた、先がみえづらいブーカの時代だからこそ、まずは身近で手軽なものからトライしていくのがいいのではないだろうか。
ちなみに、筆者はコロナ禍収束後を見据えて、全国展開している従量制サービスオフィスとの契約も完了させ、その他のサービスも視野に入れている。次は、各地を地元化し、「地元ワーケーション+」を構想している。まさに「ほっつきWalker」に相応しい働き方だ。
この2年余りに渡るコロナ禍という災厄が、新しい働き方も運んできた。決して悪いことばかりではない。そうはいえないだろうか。
■おわりに
今回、3つの働き場所を紹介したが、それぞれ異なる仕事をするよう心掛けている。
都心メインオフィスは現実的な仕事、時には紙の資料も伴う「従来型」で、いわば現在。
居住地サービスオフィスは新しいアイディアなどを考える「構想型」で、いわば将来。
郊外空き家は以前の文献や資料などに目を通し整理する「温故知新型」で、いわば過去。
このような過去と現在と未来を行き来する働き方は、時間旅行をしているようで面白い。
人は「飽きる」生きものである。毎日、御馳走ばかりだとたまにはお茶漬けを食べたくなる。どんなに気に入った場所でさえもそうだろう。考え方は人それぞれであろうが、筆者は使える「場」は色々とあってもいいと思っている。そこには効率さとはやや異なる赴きがある。これって、AIとは違う人間だからこその感情なのかもしれない。
■略歴■
不動産鑑定士トシこと深澤俊男(ふかざわ・としお)。不動産業界に30年以上。CBRE総研大阪支店長を経て、深澤俊男不動産鑑定士事務所代表、株式会社アークス不動産コンサルティング代表取締役。「物言わぬ不動産と都市不動産マーケットの語り人」として、中立的な立場で独自視点の調査コンサル・講演活動などを行う。上場企業、自治体、各種団体、大学など独立後13年間の講演・講義回数は約300回。その他、本邦初のサービス「ビル史書」や「地跡書」を展開中。趣味は旅行。全国47都道府県に足跡がある、自称「ほっつきWalker」。こちらから「☆コラムちらし☆20220805☆」をダウンロードできます。