【コラム・不動産鑑定士トシの都市Walker】「正直不動産」ロスの人たちへ!~今こそ不動産を学び始める好機会?~〈22/6/24新規〉


 

TVドラマ「正直不動産」が終わった。各メディアでも話題になり、ネット上では、残念、ロスなどの声が相次いでいる。主演が山下智久であり、各回のゲストを含め、そうそうたる出演者であったことも注目された理由だろう。SNSでは「山Pがかっこよかった」のほかに、「不動産営業の実像がわかった」とか「これまで知らなかったことに触れられて勉強になった」というものもあった。身近な話題であり、かつ不動産取引の現場をテーマとしたことが斬新だったのではないだろうか。

筆者も様々なことを感じたが、一般の人たち向けに二つ伝えたい。

一つは、不動産仲介という仕事を理解してほしいこと。

もう一つは、不動産について一般人も日頃から学んでほしいこと。

■まちの不動産屋さんが担う不動産仲介業務とは

不動産に関わる業態には様々なものがある。不動産開発を行うデベロッパー、不動産の販売会社、不動産管理をしている会社など関連する業態を数え上げればきりがない。このうち、このドラマの「登坂不動産」は主に不動産仲介業務を行う、いわゆる「まちの不動産屋さん」である。

彼らは売りたい、貸したいという、いわゆるオーナーや地主さんと、買いたい、借りたいという、いわゆるユーザーやお客さんを結びつけて報酬をもらうことを主たるビジネスとしている。前者のオーナーは反復継続することが多い一方で、後者のユーザーは、自宅購入のケースだと、生涯で数回などそれほど経験がない場合が多い。加えて普段から不動産のプロとの結びつきがあるオーナーと、そうでないユーザーとの情報格差は著しい。

その両者を取り持つのが不動産仲介業者(以下、業者)の営業マンであり、ドラマに描かれていたように、そこには様々な物語がある。

「正直不動産」の名前から読み取れること、逆読みすると、それは正直でないのが普通だからこそのネーミングなのだろうか。

ドラマ内にて顧客である買主や借主に対し、主人公が舌三寸で契約の締結へつなげるというシーンがあるが、筆者の知る限り、今の不動産業界ではごく一部であろう。

ほとんどの業者は誠実に業務を行い、まっとうな仕事をしている。ただ一方で、今もブラックなイメージが付きまとっているのも事実だ。これは取扱う額が一般人にとって非日常的なレベルなため、トラブルが発生した場合、社会問題にまで至ることが珍しくないことも影響している。

しかし、筆者は、業者のみならずユーザー側にもその一因があるのではと感じている。

なぜそう思うか、購入対象はやや異なるが、象徴的なトピックスを紹介する。

 

90年代後半に、外資系企業などが日本の不良債権を買いまくった時期がある。バブル崩壊で発生した不良債権や企業そのもの、そしてその保有資産である不動産なども対象だった。その際、彼らはそれらの不動産を自ら徹底的に調べてから購入していた。いわゆる「デューデリジェンス」である。投資家への説明責任がある彼らは迅速かつ精密な事前調査を行っていたわけである。今では当たり前となっているが、世界標準を肌で感じたときだった。

それ以降、取引の場では「自己責任」というワードが頭をよぎるようになった。

そもそも、購入する前に商品を詳しく調べることは珍しいことではない。例えば携帯電話を購入する際にも事前に時間をかけて情報収集するだろうし、買主自らの意思で売買は成立している。それは10億円のビルを購入する際にも10万円のPCを買う際にも同じことであろう。

ただ、一般住宅の売買の場合、高額商品にもかかわらず、価格に見合ったレベルまで綿密に内容を吟味しているように思えないことが散見される。経験が浅いからとかよく分からないからというのは理由にならないのではないだろうか。

冒頭のドラマは業者の営業マンが主人公である。彼が売主側や貸主側から依頼されれば、物件価格をより高くするのは当然、買主側や借主側につけば、より安くする力が働くだろう。その後成約に至れば、彼は成功報酬を手にする。不動産仲介業務とは簡単にいえばそういうビジネスなのだ。それ以上でもそれ以下でもなく、もちろん慈善事業ではない。ユーザーはその事実を踏まえた上で業者とやりとりすべきだろう。

要するに、業者はあくまで仲介というサポート機能に過ぎず、納得いくまで検討を重ね判断するのは自らであり、最終的には自己の責任で契約書に印鑑を押せるよう準備しておくことが必要なのである。一生ものの買い物だから至極当然であろう。それができないなら、そもそも取引をやめるか、信頼できる業者に全てを任せるしかない。仮に全てを任せたのであれば、後で「へんな物件を掴まされた」などというコメントが出てくる余地はないだろう。

 

■気軽に不動産を学んでみよう

不動産は我々の生活になくてはならないものである。これは古今東西を問わずそうであろう。ただ、これまでのコラムでも触れてきたが、それを学ぶ機会はあまりない。だからこそ、このドラマに影響を受けた一般の人々へ、今こそ始めるよい機会だといいたい。

そういうと、何からやればいいか分からないとか、ドラマの主人公が言っていたように、「ひとまず宅建試験から勉強する」などという声が聞こえてきそうだ。

筆者はそれを必ずしも推奨しない。宅建試験合格は不動産会社で働くことを前提とした場合、アピールポイントの一つとなることは間違いない。勉強それ自体も決して無駄ではないだろう。ただ、就職するわけでない人にとっては必須とは言い切れない。というのも合格には相当の勉強時間が必要だからだ。気楽に受けて取得できるレベル感とは程遠い。

そもそも不動産を学ぶということは、机の前で勉強することだけではないと感じている。世の中の動きをウォッチし、まちの変化を感じ取りつつ、各種情報を収集するのがいいだろう。

国や地方公共団体が出している資料は数多くある。まずはそれらを眺めることからスタートするのはいかがだろうか。例えば、国土交通省が毎年公表している土地白書。今年も6月に「令和4年土地白書」が発表され、遡れば各年のトピックスを概観することもできる。

あわせて民間にて発表しているものも相当ある。例えば、本コラムの元サイト「建設ニュース」はその一例だろう。無料の範囲でも相当な情報が手に入る。気になる開発があれば、実際に足を運び実物を体感してみることで生きた経験値になるのではないだろうか。

このように、まずはそんな気軽なことから始めてみるのはいかがだろうか。

一方で、不動産の実務領域はかなり広い。よって、分野ごとに不動産の現場をよく知っている人から話を聞くことも一手だ。これまで関わりのあった業者の営業マンもその一人となるかもしれない。

さらに、講演・講義・セミナーなどに参加するのもいいだろう。怪しいものも紛れているので注意が必要だが、筆者が毎年実施している近畿大学の夏季スクーリング講義「不動産論」を紹介してみよう。名前は固いが内容はそんなことはなく、終日3日間で、全くの初心者でも不動産の入り口が学べるようになっている(以前のコラム参照)。

講義では、毎日、新聞記事やネットニュースのやりとりから始まる。そこで、不動産に関連しているトピックスをピックアップしてもらう。そこでの反響はこうだ。「これほど不動産に関連しているものがあることに驚いた」「いかに不動産が身近なのかわかった」など。

このように、日頃から不動産について学び、レベルアップすること、それで経験値を補えるし、不動産取引のトラブルを抑えることも可能だと信じている。そうすると、業者のユーザーに対する姿勢も一目置くようになってくるかもしれない。

今春、高校にて金融教育が始まった。とても意義あることと感じている。海外では常識であるものの、日本では社会に出る前に、これらを学ぶ機会がこれまでなかったことが不思議でならない。この流れを受けて、日本でも「不動産」を学ぶ機会が増えればと願っている。

 

■おわりに

「鉄は熱いうちに打て」という。何かに感動して、心が熱くなっているうちに始めると思いかけず捗るものだ。このドラマが呼び水となり、身近だけどわかりにくい、しかし奥が深い「不動産」のスキルアップにぜひトライしていただきたい。

すぐそばに面白い題材はいっぱいあるのだから。

■略歴■
不動産鑑定士トシこと深澤俊男(ふかざわ・としお)。不動産業界に30年以上。CBRE総研大阪支店長を経て、深澤俊男不動産鑑定士事務所代表、株式会社アークス不動産コンサルティング代表取締役。「物言わぬ不動産と都市不動産マーケットの語り人」として、中立的な立場で独自視点の調査コンサル・講演活動などを行う。上場企業、自治体、各種団体、大学など独立後13年間の講演・講義回数は約300回。その他、本邦初のサービス「ビル史書」や「地跡書」を展開中。趣味は旅行。全国47都道府県に足跡がある、自称「ほっつきWalker」。こちらから「☆コラムちらし☆20220624☆」をダウンロードできます。