前回のコラムで「空室率」について触れた。
不動産マーケット、特にオフィスマーケットにてよく使われる指標で今では市民権を得ている。新聞紙上やインターネットには各社こぞって「空室率」というワードが使われている。
決して否定しているわけではないものの、筆者はこの言い回しに少々違和感を持っている。
「空室率」とは空き状況、文字通り、空いている割合である。これに対して、「入居率」や「稼働率」は入っている状況、使っている割合である。裏返しているだけで同じ意味であるが、そこにはスタンスの違いが見え隠れしているように感じる。
どちらに着目して指標をみるかであるが、筆者は入居している主体の存在を踏まえて割合を示す方が受け入れやすい。後者が自然ではないかと思っている。
一方、前者はグローバルスタンダードに合わせ、リスクを見極めるために使っている節があるが、そこには今いる入居者の存在が感じられず、何となくしっくりこない。
そこで弊社では従来からオリジナル指標については稼働率という表現を用いている。
■「都心オフィスビル利用状況観測調査:御堂筋沿い」(2022年4月)
実際、コロナ禍の2年余りを経た大阪都心オフィス環境はどうだろうか。各社が様々な形で発表しているが、都心オフィスは当初想定されていたほど大幅に縮小していない。
弊社では12年以降、御堂筋沿いのオフィスビルを定期観測している。オフィス部分についてのフロア単位の稼働状況を継続的にウォッチしたもので、この5月に最新の公表情報を発表した。限定的なエリアではあるが、以下、紹介する。
この10年間、御堂筋沿いビジネスエリア(淀屋橋-本町)のオフィスフロア稼働率が94%を下回ることはほぼない。一方で、コロナ禍の2年間、ワーカーが都心オフィスに出社しない状態が断続的に実施され、リモートワークが進んだことは事実だ。ところがオフィス床自体の未利用や解約が急増したかというとそんなことはない。利用主体が所有者であれ賃借者であれビルは使われ続けているのである。
さて、留意すべきは、グラフの谷の部分である。そこはどんな状況なのか。
その多くがビルの建替えなどにより、立ち退きを余儀なくされ、一時的に空いているのだ。建替えなどのない時期にはフロア稼働率は概ね96%を超える水準で推移している。すなわち、同エリアにおいて、稼働率が相対的に低くなるのは、ビルの建替え前という特殊事情が存在しているからである。
ちなみに、直近4月時点については、建替え前ビルがあるにもかかわらず97%をキープしている。裏返すと、いかにそれ以外の既存ビルのフロア稼働率が高いかを表している。
■御堂筋界隈のビル稼働率がキープされている一因
この調査以外にも、御堂筋界隈のビルを取材しているが、稼働率を大幅に下げたビルにはあまり遭遇しない。
では、コロナ禍においても、なぜ稼働率は維持されているのだろうか。
精緻な検証ではないが、ヒントになる事例を紹介してみたい。
以前、大阪都心の稼働率が高い賃貸ビルを調査してみたことがある。新築大型ビルの数値が高いことは当然であろう。対して、立地はまあまあなのだが、築年は古く、規模も小さいが不思議と稼働率の良い状態が長く続いているAビルがあった。
調べると、そこには迅速なクレーム対応をしているオーナーと管理会社の行動があった。また、入居者へ対する懇切丁寧な日常の姿もあった。そこには賃貸人と賃借人の良好な関係が継続的に存在した。
また、御堂筋界隈の中古賃貸ビルに入居するB社の経営者Cさん。先代社長からあわせて約30年間継続入居している。そのビルは最寄り駅にはかなり近いものの、築年数は古く、小規模、すなわち「近・古・小」のカテゴリーに入る。そのビルの売りは駅近だけと思いきや、彼はそうは言わなかった。
「とにかく心地よいことばかり」
「だから、他社から様々なビルを勧誘されたが退去しなかった」
社会情勢の浮き沈みを経ても、動じることなく長期間入居し続けた理由の一つにオーナーとの強い信頼関係が垣間見える。そこにかしこまった理屈は感じられなかった。
これら2つの事例から導き出されるもの、それは建物が古い、小さいといったハードの劣っている部分を超える面が存在していることだ。
なお、その背景には、これまで長期にわたるビルオーナーの地道な努力がそれを引き出していることを忘れてはならない。大阪ビルマーケットは他都市に比べて長期間低迷を続けていた。その間、水面下できめ細かな入居者へのサービスを充実させてきたオーナーは少なくない。
稼働率キープの理由はこれらだけではないが、寄与していることは間違いないだろう。新築ビルに注目が集まる昨今だが、「近・古・小+α」も生き残るビルなのかもしれない。
■おわりに
都心オフィスの場合、入居者は経済合理性で動く。これは当然であるし決して否定しない。
ただ、それだけでないことも見逃してはいけないだろう。そこには目に見えない物語がある。そしてそこには心地よい風が吹いているように感じる。
■略歴■
不動産鑑定士トシこと深澤俊男(ふかざわ・としお)。不動産業界に30年以上。CBRE総研大阪支店長を経て、深澤俊男不動産鑑定士事務所代表、株式会社アークス不動産コンサルティング代表取締役。「物言わぬ不動産と都市不動産マーケットの語り人」として、中立的な立場で独自視点の調査コンサル・講演活動などを行う。上場企業、自治体、各種団体、大学など独立後13年間の講演・講義回数は約300回。その他、本邦初のサービス「ビル史書」や「地跡書」を展開中。趣味は旅行。全国47都道府県に足跡がある、自称「ほっつきWalker」。こちらから「☆コラムちらし☆20220610☆☆」をダウンロードできます。