冒頭の写真は、御堂筋。誰もが知る大阪の大動脈。5月、そこに降り注ぐ日差しがまぶしい。歴史あるそのエリアにさまざまな物語がある。今回はそこでの都心路面店舗の話題である。
ようやくコロナ禍が収束に向かいつつある。元通りではないものの少しずつ明るい話題も多くなってきているように感じる。
筆者は不動産業界、特に都心不動産マーケットに関わって30年以上経つ。そこで最も関わった用語の一つとして挙げられるのが「空室率」だろう。要は空き状況の指標である。
近時、住宅の「空き家」が社会問題化し、新しい法律もできた。一方で、「空きビル」とか「空き店舗」などは従来からよくみられるワードである。その際の客観的な状況を示す数値として、この空室率が使われることが多い。
一般に、空室率が低いと市況は良い、高いと市況は悪いといわれる。
確かにそうなのだが、ただ、本当にその通りなのだろうか。単なる表面的な数値のみではその中身を十分にとらえきれない、というのが筆者のホンネである。そこにはその不動産を取り巻く様々な「事情」を踏まえつつ、状況をさらに深堀することが必要だと感じている。
■コロナ禍前後での都心店舗あれこれ
先般の日経新聞に「外食、4年ぶり出店増 店舗数コロナ前超え」との記事が掲載された。
外食業界は出店を加速させるようだ。コロナ禍を経験し、これからリベンジを図るといった具合だろうか。
ただ、店舗仲介に関わる実務家に聞くと、実態はそんな簡単な話ではないらしい。飲食店舗の場合、地域によっては以前のような大口顧客が戻っていないこと、様々な補助金で経営を成り立たせているケース、従業員の確保が困難である現状など、様々な課題を抱えている。
コロナ禍で店舗撤退した跡に、そのまま入って終わりという図式ではないようだ。
写真は以前のコラムで紹介したカフェ閉店のお知らせである。
この店舗は、地下鉄御堂筋線淀屋橋駅に直結し、建物グレードの高い、御堂筋に面する大型ビルの1階にあった。
2021年5月にこのお知らせが貼られて、ほぼ1年が経過する。これまでの常識なら、次のテナント候補が多くあり、退去してもすぐに入居が期待できた。先日も空き店舗の前で「まだ、入ってないな」という通行人の声を聞いた。
コロナ禍の影響もあり、ビル自体のニーズが下がったのではないかと思うかもしれない。確かにその観点はあると思うが、それだけだろうか。どんなビルも所有するオーナーや関わる人たちが持つ、何らかの「事情」があり、だからこそ現時点は空き室のままなのだと考えている。何の理由もなくただ単に放置しているわけではない。関わる人たちが多い大型ビルはなおさらである。
その詳細に触れる前に他のエリアをみてみよう。
■心斎橋界隈の路面店舗
同じ御堂筋沿いの路面店舗でも、心斎橋界隈は状況が異なる。高級品物販店舗、いわゆるラグジュアリー店舗については好調をキープしている。コロナ禍で海外旅行が制限されるなど富裕層の消費行動が抑制され、高級品購入へのシフトが一段と増したのが一因であろう。
また、別のコラムで心斎橋筋のドラックストアの実態を紹介した。コロナ禍でも都心部のみならずその出店意欲は高く、空き店舗の後にはドラッグストアという事例は少なくなかった。インバウンドが消滅しても業界自体は全国で過去最高益といった報道がされていることから納得感がある。心斎橋筋界隈についても、複数出店していた店舗を中心に一部統合するなどの動きはみられたが、当初いわれていたほどの撤退があるわけではないようだ。
さらに、別のコラムでも心斎橋界隈に近い道頓堀エリアに大手回転寿司の旗艦店が出店した話を紹介した。この形態の店舗も、先般、京都市内でインバウンド向けに新店舗をオープンすると発表した。この業態もアフターコロナを見据えて動いている。
■御堂筋オフィス街の路面店舗の行方
話を御堂筋のオフィス街に戻そう。
以前のコラムで銀行店舗が1階から退去する動きを紹介した。また、ドコモショップが全国的に店舗削減する方向との報道もされている。これらの動きが今回のコロナ禍でさらに加速し、オフィス街の路面のあり方が変わりつつあるのだ。
オフィス街の路面店舗は、前述の心斎橋界隈の路面店舗とは区別してみる方がよいだろう。
その上で、御堂筋オフィス街のビルオーナーの戦略が注目されるわけだが、そこに前述の「事情」が関わってくる。
まずは、現状、急いでテナントを入居させる必要はないという事情を感じさせる。賃貸マンションや賃貸アパートに比べ、賃料の変動が大きい都心の不動産の場合はこの視点は珍しくない。
前述の空き店舗のビルは大型であり、2階以上のオフィスフロア全体に比べ1階店舗の面積割合はかなり小さいことからその影響は限定的である。
また、有名ビルオーナーの場合、対外的な点で、その入居者属性はビルの信用力にも影響を与える場合が少なくない。さらに、負担能力の低い入居者を入れると賃料を下げざるを得ない。ちなみに賃料は一旦決まるとそれを起点に将来の改定がはじまる。だったら、少し時期をおき、状況がよくなってから一定水準以上の賃料を払ってくれるテナントに入居してもらった方がよい。
要は長い目でみたらそちらのメリットが大きく、焦る必要はないと判断しているのではないだろうか。先ほど紹介した通行人の「まだ、入っていないな」ではなく、「入れてない」可能性が高いのだ。
あわせて取り巻く環境の変化がある。
22年夏に、淀屋橋駅至近に日本生命淀屋橋ビルが竣工する。そして、25年には淀屋橋駅直結の再開発ビルが2棟完成予定だ。いずれも群を抜いた大きさのビルである。さらに本町にかけての御堂筋沿いにビルが数棟着工している。要はあと数年で、この界隈のビル立地としての状況は大きく変わる。リモートワークは残るだろうが、少なくとも一定数のワーカーが増え、この界隈を闊歩する姿が見られると予想されるのだ。彼ら彼女らを主たるターゲットとし、そのニーズを踏まえた上で必要な業態を見つければよい。その場合、必ずしもこれまでみられた店舗形態にこだわらなくてもよいのは言うまでもない。
このように様々な「事情」を考慮して行動しているのではないだろうか。
あくまで推測の域ではあるが、それが叶う立地その他の諸条件を持っているからこその戦略であろう。
■おわりに
冒頭の写真をもう一度みてみよう。
そこには実態をそのまま映す光と、その背景にある影が存在する。影は時間帯により大きくもなり、小さくもなる。また向きも変わる。御堂筋に落とされたその影を見る度、時間の経過とともに状況は変わることに気づかされ、そして長い目でみることの大切さを感じる。
25年以降、この界隈のカフェでコーヒーを飲みながら、そんなこともあったなと回顧している様子が目に浮かぶ。
■略歴■
不動産鑑定士トシこと深澤俊男(ふかざわ・としお)。不動産業界に30年以上。CBRE総研大阪支店長を経て、深澤俊男不動産鑑定士事務所代表、株式会社アークス不動産コンサルティング代表取締役。「物言わぬ不動産と都市不動産マーケットの語り人」として、中立的な立場で独自視点の調査コンサル・講演活動などを行う。上場企業、自治体、各種団体、大学など独立後13年間の講演・講義回数は約300回。その他、本邦初のサービス「ビル史書」や「地跡書」を展開中。趣味は旅行。全国47都道府県に足跡がある、自称「ほっつきWalker」。感想をこちら(info@arc-s.biz)までお寄せください。こちらから「☆コラムちらし☆20220527☆」をダウンロードできます。