奈良県の曽爾(そに)高原というと秋のススキで有名(注1)だが、春には山焼きが行われる。雑草を燃やし、ススキの肥料とするのがその理由らしい。千年以上続くといわれるこの原風景を保つためのヒトの知恵。今春も変わらず行われた。目的が明確で、やるべきことを地道にやり続けるという。古来、そんな話は数多ある。日本人的な風習でどこか心和む。
毎年3月下旬のある日、新聞が分厚くなる。これも春の風物詩。大手新聞各社が多くの紙面を割いて報道する。2022年(令和4年)地価公示だ。新聞以外にもテレビをはじめネットでも取り上げられる時事ニュースである。
1970年から続いているこの制度。すでに半世紀を超えた。その昔、「地下工事」と間違われたなど笑えない話もあった。が、年を経て、その名称は一般人にとっても浸透しているのではないだろうか。これまでのコラムで3回ほど触れている(注2)。
そんな中、あるAさんの感想が耳に届いた。「コロナ禍でも大阪市西区の住宅地が結構上がっていることに違和感」というもの。一般人が地価に興味を持っていることは業界人として嬉しいことだ。ただ、よくよく話を聞くと、内容を正しく認識していないことが気になった。
22年の大阪市西区住宅地の平均変動率は6・0%。これは同区内にある地価公示地点を平均したものを指す。ただ、西区に設定されているのは1地点である。つまり、たった一つの変動率をもって西区全体の平均変動率としているのだ。加えて、その地点は1000平方㍍を超える面積を有するため、一般的な戸建住宅地ではない。そんな地点の変動率をAさんはごく普通の住宅地の状況と勘違いしていたのだ。
そもそも、戸建住宅地と大規模住宅地とでは購入者が異なる。前者は一般人、後者の代表例はマンションデベロッパーだ。当然、購入動機も違うし、採算性の有無などから価格水準は異なるし、価格の変動も同様ではない。
ちなみに、北区、中央区を加えた大阪都心3区につき、500平方㍍で線を引いてみた。住宅地変動率は戸建住宅地が5地点で0・0~2・3%の範囲。同じく大規模住宅地は4地点で1・3~6・5%の範囲とその水準は明らかに異なる。
また、福島区、天王寺区、浪速区を加えた大阪都心6区でもあまり傾向は変わらない。参考までに、コロナ禍前、両者の格差はさらに大きかった。これらの点を踏まえると、この両者は分けて考えておいた方がよい。
同じことは商業地でもある。オフィスビルが集積しているエリアと小規模店舗が多い場所とでは状況は異なるなど、同じ用途内でも様々なのだ。
世間では地価に関するセミナーが多く開催されているし、以前から筆者が「地価」というテーマで講演・セミナーを行うとプロ、一般人を問わずその反響は大きく、地価についてのニーズや関心の高さを感じる。その一方で、様々な情報入手ルートを持つプロとそうでない一般人との間には格差が益々拡大しているような気もしている。
地価公示には90年代から関わっているが、当時の実施方法や公開範囲に比べると、現在の充実さは目を見張るほどだ。その内容はオープンデータ化され、インターネットでかなり詳しく説明されている(注3)。ただ、その細かな背景まで一般人が理解するのは限界があるだろう。そもそも、不動産の世界は、一般の人にとって学ぶ機会が限られ、現場の感覚についての経験値が少ない。よって紹介したような勘違いも起こるし、他のケースもまだあるかもしれない。
そんなことはすでにわかっているだろう。今さらながら説明しなくてよいだろう、と思っていないだろうか。「業界の常識、必ずしも世間の常識にあらず」という。常識を認識に変えて自問してみる。「業界の認識、必ずしも世間の認識にあらず」だ。
巷には地価情報が数多く出回っているが、それが誤って解釈されると思わぬトラブルに発展することもあるだろう。それを避けるためにも、国が公表しているこの地価公示について、世の中に対し、業界人や専門家が丁寧な説明を地道に続けていくことが大切だ。
冒頭で紹介した曽爾高原のススキ。毎年変わらず美しい姿を見るため、その肥やし作りを継続すること。これらは何か通ずるような気がする。
このコラムは一般人を主な読者としている。それを再認識し、新年度をスタートしたい。
【参考URL】
(注1)奈良県歴史文化資源データベース
(注2)以前の参考コラム
〇大阪・キタの地価がミナミを逆転!そもそも地価調査を見る際に気をつける点とは?
〇21年地価公示が発表!まちに残るインバウンドの足跡は何を思う
〇大阪大学箕面新キャンパスを探訪!~地価調査で最も上昇した箕面船場阪大前駅界隈~
(注3)国土交通省「22年地価公示」
■略歴■
不動産鑑定士トシこと深澤俊男(ふかざわ・としお)。不動産業界に30年以上。CBRE総研大阪支店長を経て、深澤俊男不動産鑑定士事務所代表、株式会社アークス不動産コンサルティング代表取締役。「物言わぬ不動産と都市不動産マーケットの語り人」として、中立的な立場で独自視点の調査コンサル・講演活動などを行う。上場企業、自治体、各種団体、大学など独立後13年間の講演・講義回数は約300回。その他、本邦初のサービス「ビル史書」や「地跡書」を展開中。趣味は旅行。全国47都道府県に足跡がある、自称「ほっつきWalker」。感想をこちら(info@arc-s.biz)までお寄せください。こちらから「☆コラムちらし☆20220401☆」をダウンロードできます。