■東横堀川沿いに、一風変わった施設が開業
2021年8月、水辺の実験基地が大阪都心に現れた。
その名は「β本町橋」。読み方は「べーた・ほんまちばし」という。ちなみに、βには「実験中」「未完成の」という意味があるらしい。
建物は木造2階建てで、1階はキッチンや料理を提供するスペース、2階はラボという名のイベントやミーティングのための空間がある。そして、目の前の川辺には船着き場もある。
その概要や取組などは、ホームページに詳しくまとめられている。
ただ、この施設は従来からよくみられるカフェ併設型の建物ではなく、様々な実験の基地となりうるものだった。
■「β本町橋」の関係者に話を聞いてみた
「一般社団法人水辺ラボ」で理事を務める廣井真由美さんに話を伺った。その一部を紹介しよう。
2006年に設立された、前身の東横堀川水辺再生協議会(e-よこ会)時代から長年、様々な活動を行っている。同協議会の有志メンバーで上記水辺ラボは19年に設立された。現在、この「β本町橋」事業は、同水辺ラボもその一員である「β本町橋共同事業体」という4団体が集まった組織で運営されている。廣井さん曰く、とにかく仲がよくチームワークは抜群とのこと。
15年に本町橋船着場を整備、この度、「β本町橋」が開業。今後は、25年に開催予定の大阪万博に向けて、引き続き水辺を盛り上げることを意識しつつ事業を進めていく予定とのことである。
〈船着き場〉
ただ、ここまでの道のりは必ずしも順風満帆ではなく、関係者や行政との調整には時間がかかり苦労続きだったという。行政の管轄部署が多岐にわたり、会議では専門用語が飛び交い、ちんぷんかんぷんだったとのこと。
また、電気や電話などの当たり前のインフラが建物着工時期に間に合わなかったこともあり、発電機を備え付けながら工事をしたこともあったという。電気が通ったのは開業2か月前という笑えない話もあった。
〈2階〉
建物については、もう少し大きくして様々なテナントを入れたらという声も多数あった。開発事業に携わる方々であれば当然持つ疑問であろう。
ただ、それにより、自分たちの本当に作りたかったものができるのだろうか、それが自分たちのコンセプトを投げ出すことにならないかと。そして、諸々のテナントが入った、よくある建物が出来上がったとき、それが果たして望んでいたことなのだろうか。そういった葛藤に悩みながら、元々のコンセプトに立ち返り、今のスタイルを作ったのだという。
そもそも、川のほとりに立地し、地盤が弱いため杭が打てないという制約もあった。建物の重さや強度を色々と考えた上で、木造か軽量鉄骨造のどちらかという選択をせまられ、木造2階建を選んだ。なお、建物自体は特殊なものではないため、町の大工さんでも建てられるし、今後、フレキシブルに変更が可能であり、かつメンテナンスも簡単であることが特長。可変性を重視した建物で、まさしく、未完成で現在進行中の、βの精神に則ったものだという。
〈1階〉
1階のキッチンは2セットあり、一つは一般用、もう一つはお試し練習用。夢にチャレンジするキッチンパートナーがつくるランチや料理を曜日替わりで楽しむことができる。ただ、お試しの場合でも安売りするものでなく、こだわりの一品で価格もそれなりのものとする。なお、テイクアウトできるものを提供するため、現状は紙製の容器を使っている。
廣井さん曰く「日本のマチはきれいに整いすぎて、ほっとする場所があまりない。一方、世界の名立たる都市には、居心地のよい空間を求めるヒトが多くおり、彼らが過ごす空間が多くみられる。そこには、単に生産性を上げるとか、効率アップに傾注したものはあまりみられない」。また、「水辺は都心に残された最後の空き地」ともいう。
今回のお話から、都会に残る「空き地」に無限の可能性を感じ、その一例である水辺の実験基地に取り組み続ける強い意志を感じた。
我々、都会生活者が感じる、都心で何か安らぎを覚える場所、かつての「空き地」のような場所がいま求められている。近時、スポットライトが当たりにくかった都心の川や川辺が「空き地」として、再び注目を浴び始めているのだ。その昔、「水の都」といわれた大阪での都市生活のあり方に一石を投じるトピックスであった。
■おまけ:β本町橋のランチを食べてみた
ランチは曜日ごとに、料理製作者とメニューが変わる。私がランチに伺ったのは土曜日だった。
いただいたのは、「グリューン」というメニュー。ドイツ語で緑を意味するとのこと。
驚いたのは、ドレッシング。料理製作者のキッチンパートナー曰く、果物(柿)と共に食べることを想定し、酸味を意識したものらしい。それを知らず、分けて食べてしまい、少々酸っぱかったが許容範囲。南河内産の自然野菜が持つナチュラルな風味にも相性バッチリ。
また、左のフォカッチャはそれ自身がもつほのかな甘みをベースとして、小さなグリーンがまぶされている。ローズマリーとのこと。この合わせ技が味のインパクトをうまく醸し出していた。
■おまけ:その2
夕刻の雰囲気は昼とまた違う。都会の住民が犬を連れて散歩する姿がみられるようだ。ちなみに、この建物の外壁には犬のリードをつなぐフックがつけられている。見逃してしまいそうな存在であるが、さりげないその配慮に心奪われた。この日はだれもいなかったけど、このエリアが住民にとって居心地のよい「空き地」になることを願うばかりである。
■略歴■
不動産鑑定士トシこと深澤俊男(ふかざわ・としお)。不動産業界に30年以上。CBRE総研大阪支店長を経て、深澤俊男不動産鑑定士事務所代表、株式会社アークス不動産コンサルティング代表取締役。「物言わぬ不動産と不動産マーケットを語る専門家」として、独自視点の調査コンサル・講演活動などを行う。独立後12年間の講演・講義回数は約300回。趣味は旅行。全国47都道府県に足跡がある、自称「ほっつきWalker」。