【コラム・不動産鑑定士トシの都市Walker】別れの季節に、建物の「終活」を考えてみる〈21/4/9新規〉


春といえば、別れと出会いの季節という印象が強い。コロナ禍の今も数々のシーンが各地で繰り広げられている。ただ周りを見渡すとそれは人に限ったものではない。そう、建物にも別れと出会いはあるのだ。出会いにおいてはその完成に向け、地鎮祭、竣工式など各セレモニーがあるが、別れはどうだろう。特に事業用不動産において、そのようなものはあまり目にしない。

先日、私が独立後に入居していた建物が3月末にその役目を終えた。築53年余り、SRC造4階建てで重厚な外観のそのビル(写真参照)は、豊中市の保有施設であり、これまで地域の公民館、とよなかインキュベーションセンター、とよなか起業・チャレンジセンターといった肩書きを有していた。今でこそ珍しくないものの、古い公共施設を活用して民間が起業家のためにシェアオフィスを運営するという形態は、昨今のオフィス多様化時代を先取りしたような試みだった。

建物についての統計資料としては、国土交通省の「建築着工統計調査」がよく知られている。建築物の着工状況について建築主別の建築物の数、床面積の合計、工事費予定額などが、全国、都道府県、市区町村の地域別で公表されているなど旧来から知名度の高い調査である。

一方、同じく「建築物滅失統計調査」があるが、比較的歴史は浅く、大まかな内容に留まっている。昨今は空き家が社会問題になりつつある情勢から以前より注目度は高まっているが、建物の後半生についての指標の整備はまだ発展途上段階であろう。世間一般においても、新築建物は注目されるものの、取り壊される前後の関心は薄いように感じる。

築年数が経過した建物の場合、大規模修繕などで延命する措置を講じることもあれば、受け入れ先やコストとのバランスから取り壊す道を選ぶ場合など、そこには利害関係者の思惑が垣間見える。昨今の入居者の建物クオリティーに対するニーズを鑑みると、築年経過建物の大部分において経済的な価値は残り少ないケースが多い。

その反面、有名企業の創業地などに意図的に古い建物を残している事例も散見される。そこには経済合理性とは別の経営者のこだわりのようなものを感じることができる。

数年前、とあるビルオーナーから自ら所有する建物の記念誌を作りたいとの依頼があった。私が経営する株式会社アークス不動産コンサルティングでは『ビル史書』という名称で商標登録を取得したサービスがあり、作成させていただいた。

その際のヒアリングでは、依頼主の母親である先代オーナーのビルへの関わり、息子である次のオーナーが受け継ぐ経緯、そして、そのビルをまるで我が子のように語るシーンがとても印象的だった。そこには、そのオーナーの家族の人生と、ビルの一生がオーバーラップするドラマがあったのだ。

ちなみに、そのビルは築50年を超えながらも、2016年に登録有形文化財に指定され、今も大阪の中之島にて現役賃貸ビルとして稼働している。

話を冒頭のビルに戻そう。入居期間は約3年間であったものの、個人的には独立開業した際だったこともあり、人一倍愛着がある。事業を継続していく上で、このビルを眺めながら気持ちを奮い立たせたことは数知れない。

豊中市公共施設等総合管理計画に基づく個別施設計画」によると、この建物の今後ははっきり決まっていないが、近い将来、その生涯を終える予定である。そんなビルに、感謝の気持ちを携えて、餞(はなむけ)の言葉を贈りたい。

世間では、高齢者の終活が声高に叫ばれているが、今後、年老いた建物にも「終活」を考えてみるというのはいかがだろうか。

【著者略歴】

不動産鑑定士トシこと深澤俊男(ふかざわ・としお)。不動産業界に約30年。大手不動産サービス会社(現CBRE)を退職後、2009年に深澤俊男不動産鑑定士事務所を開業、12年に株式会社アークス不動産コンサルティングを設立。大阪市立大学大学院創造都市研究科修士課程修了。近畿大学非常勤講師。趣味は旅行。全国47都道府県に足跡がある、自称「ほっつきWalker」。