【コラム・不動産鑑定士トシの都市Walker】冬至の日に、これまで受けた質問で2020年を回顧してみる〈20/12/25新規〉


未曾有のコロナ禍にさいなまれた2020年も終わろうとしている。この夏から始まったこのコラムも今回で10回目を迎える。そこで、これまでとは少々異なる趣きで進めたい。

この4月以降のコロナ禍の中で、各方面からさまざまな質問を受けた。思い起こせば、私のコンサル稼業は顧客からの質問がカギとなることが多かったような気がする。

大まかにいうと、今年の初春からは地価動向やミナミの店舗界隈について、緊急事態宣言時以降はオフィス市場やオフィス不要論(【コラム・不動産鑑定士トシの都市Walker】オフィス不要論に物申す!アフターコロナもオフィスは生き続ける)について、そして期間を通して今後どうなるかという質問を多く受けた。そんな中、これらとはやや異なる特徴的な質問があったので紹介したい。

それは、「今回のコロナ禍はこれまでのどの出来事に類似しているか」というものである。

よく言われる08年のリーマンショックとは似ているようで違うように感じる。11年の東日本大震災とも、1995年の阪神・淡路大震災とも性質を異にする。では、90年代初頭のバブル崩壊かというと、これも同じとはいえないような気がする。

どの出来事もその時点での大きな落ち込みが目立つが、その後について、時間の長短はあれ回復に向かうという構図だった。すなわちその出来事の時点が底なのである。ところが今回はそれらに比べ先が見通しにくい、いつ終わりがくるかわからない、いわゆる将来の不透明感の程度が大きく違うように思える。

先が見えないということでは個人的に思い出すことがある。

18年9月の台風21号である。関西一円を襲ったこの台風は、関西空港の連絡橋に船を衝突させるなど大きな被害をもたらした。私の居住地も丸2日、約48時間の停電に見舞われた。その時、感じたことが、いつ復旧するかわからないという不安感である。特に、夜は漆黒の闇と音のない世界が恐怖を煽る。経験したことのない居心地の悪さを痛感した。

そんな中、性格は異なるが、将来の不透明感からの居心地の悪さを感じた方からの、不動産マーケットについての印象深い質問を思い出した。

それは90年代後半のことで、大手デベロッパーの役職者が私のところに意見を求めにやってこられた際の、開口一番の言葉だった。

「今後、オフィスビルは一体どうなるのでしょうか。マーケットが将来どうなるか正直見当がつかない」

時代は、不動産証券化という新しい考え方が日本に入り、外資ファンドなどが日本の不動産取引に参入し始めた頃だった。

その際、私は即答した。「所詮、プレイヤーや考え方が変わっても、テナントが入らなければビルは単なる箱でしょう。そこは変わらない。将来を必要以上に危惧することなく、今できること、すなわち実直にテナントを確保することが大切なのではないですか」

彼は安堵の表情を浮かべ、意気揚々と帰っていった。

その後、20数年が経つが、今もこの時の感覚は変わっていない。

昨今のコロナ禍は社会に停滞感をもたらし、また人々の不安感を増長させている。その根本の一つは未知のもの、得体のしれないものに対する恐怖感と将来の不透明感であろう。ただ、この災禍はいつか終わりを迎えるだろうし、克服する時が来る。それは歴史が証明している。その一方で、いかなる環境においても変わらない大切なものがあることも忘れてはならないだろう。

奇しくもこのコラムを書いているのは20年の冬至。文字通り日中の時間が最も短い日であるが、見方を変えれば、今後は日中の時間が長くなり、春が近づくともいえる。

「一陽来復」という言葉があるが、これは冬至の日をさし、春が来ることを示すとともに、凶事が続いた後にようやく運が向いてくるという意味もあるらしい。

忘れられない20年であったが、一陽来復を祈念したいものである。

【著者略歴】

不動産鑑定士トシこと深澤俊男(ふかざわ・としお)。不動産業界に約30年。大手不動産サービス会社(現CBRE)を退職後、2009年に深澤俊男不動産鑑定士事務所を開業、12年に株式会社アークス不動産コンサルティングを設立。大阪市立大学大学院創造都市研究科修士課程修了。近畿大学非常勤講師。趣味は旅行。全国47都道府県に足跡がある、自称「ほっつきWalker」。