【コラム・不動産鑑定士トシの都市Walker】御堂筋沿いの「ボスビル」とは?~2020年秋~〈20/11/13新規〉


前回のコラムで御堂筋に触れたので、今回はその近況についてもう少し掘り下げてみたい。長年、御堂筋は大阪のオフィスの中心という位置づけであったものの、昨今はその立場を梅田に譲りつつある。その理由はいくつかあるが、そのうちの一つは、新築大型ビル、特に存在感のあるプライスリーダービルの不足にあると思われる。

アークス不動産コンサルティング(以下、アークス社)では、2010年から御堂筋沿いのビルを定点観測しているが、地下鉄御堂筋線の淀屋橋駅から同本町駅までのメイン区間を対象とすると、この10年間で新しく竣工したビルは3棟のみで、そのうち賃貸ビルは今年(2020年)1月に完成したオービック御堂筋ビルだけである。ちなみに、それ以前の賃貸ビルの供給は08年に竣工した淀屋橋三井ビルディングまで遡らなければならない。

要するに、御堂筋沿い、特にメイン区間には近年あまりビルが建っていないのである。

持論であるが、新しいビルが世に出ることによって、需要が喚起される面が少なからずあるため、供給が極めて少ない状況が続くことは需要を生み出されないことにもつながり、この状況はオフィスマーケット全体としてはあまり好ましくないと考える。

ここで、上記のオービック御堂筋ビルについて見ていこう。

同ビルは淀屋橋駅と本町駅のちょうど中間辺りに所在する。02年にオービックが購入後、ビルを建築するのかと思いきや、御堂筋沿いでは珍しく、平面駐車場としての利用が長く続いた。巷ではもったいないから何らかの暫定利用ができないかという声も聞こえてくるほどだった。その後、16年にビル計画が明らかとなることでようやく動きが見られた。このように、その間の十数年間、保有コストが相当かかっているのではという部外者の心配をよそに、御堂筋沿いという立地にありながら低未利用状態が続いた。

さて、このビルの構成であるが、高層階はロイヤルパークホテルが入居し、中層階はオービック社が自社利用、低層階は賃貸オフィスや店舗利用といった複合ビルである。私はこのビルについて、純然たるオフィスビルではないものの、その規模、設備水準、品格、ビルオーナーのスタンスなどから、現時点における御堂筋沿いの『ボスビル』と名付けている。

このビルの賃貸オフィス部分に目を向けてみると、10月現在で、5社の入居が認められる。では、このテナントは一体どこから来たのであろうか。

アークス社の調べによると、これら5社のうち、3社までが徒歩数分の御堂筋沿いのビル(日土地淀屋橋ビルと京阪淀屋橋ビル)からの移転であった。ちなみに、これらのビルは建替のため、現在解体工事中である。また、残り2社も御堂筋沿いや堺筋沿いからの移転だった。

コロナ禍とはいえ、今のオフィス市況は未だ供給不足の状況である。特に、建て替えの場合、タイミングの関係もあってテナント側は代替物件を選びたくても限られているのが実態である。とはいえ企業イメージなどの点から、立地条件はあまり落としたくないし、ビルの品格もキープしておきたいという思惑がある。

一方、このビルは賃料の値下げ交渉にもほぼ応じないという強気なスタンスをとると聞く。これはこの状況下でマーケットにどういう影響を与えるのであろうか。

一般的に、大阪のビルオーナーは、以前にビル不況期が長かった影響などから、交渉のハードルが低いといわれている。過去にも、中小ビルオーナーなどにはいわゆる「右へ倣え」的発想で賃料ダンピング競争に陥る可能性が高くなり、結果的に地域全体の賃料水準が下がるということが見られた。また、今後の市況低迷が懸念されていることなどからすると、このビルは彼らに影響を与える当該地域にとって欠かせない存在となっているのではないだろうか。

このように、地域内のプライスリーダー的存在である『ボスビル』はそのポジションを維持しつつ、その地域に所在するビル群の先頭に立って他のビルを鼓舞する重要な役目を有していると考える。特に、このコロナ禍において今後どのような行動をとるか注目である。

なお、過去の変遷をたどると、この『ボスビル』は常にとって変わられるかもしれない運命にあり、その地位をいつまで維持できるかどうか分からない。というのも、御堂筋沿いには今後供給されるビルが上記で紹介した建替計画をはじめ複数予定されているからである。次の時代の『ボスビル』に名乗りを上げるのはどのビルか、その世代交代にも注目したい。

【著者略歴】

不動産鑑定士トシこと深澤俊男(ふかざわ・としお)。不動産業界に約30年。大手不動産サービス会社(現CBRE)でCBRE総合研究所大阪支店長を経た後、2009年に深澤俊男不動産鑑定士事務所を開業、12年に株式会社アークス不動産コンサルティングを設立。大阪市立大学大学院創造都市研究科修士課程修了。近畿大学非常勤講師などを務める。趣味は旅行。全国47都道府県に足跡がある、自称「ほっつきWalker」。