昨今の新型コロナウイルス騒動の中、不動産マーケットでよく目にするキーワードがある。「リモートワーク」や「在宅勤務」などとともにみられる「オフィス不要論」だ。
今回のコロナ禍におけるオフィス不要論についての私の意見は否である。働く「場」としてのオフィスはその形態を変えつつも存在し続けると考える。
私は、以前、不動産サービス会社の事業用不動産に関する調査・コンサルティングの部署におり、特にオフィス市場に長く関わってきた。今もオフィスとの縁は深い。
ちなみに、独立後の私自身のオフィス変遷は、自宅の一室に始まり、公共施設内パーテーションブースや会員オフィス、民間型シェアオフィス、職住近接賃貸ビル、都心賃貸ビルなど10年余りで数多くのオフィスを利用してきた。昨今は様々な働き方が可能で、かつ、その受け皿が存在し、フレキシブルな働き方の環境が整っていることを実感している。
今回、多くの企業が在宅勤務に取り組んでいる。私の経験上、通勤時間は無くなる一方で、顧客先などへの訪問は必要だ。オンオフの境目がなくなることなどから、仕事の効率は期待されたほどよくなく、都心部にいた頃に比べて情報が入手しづらいという弊害もある。会社員からは、労働法制や社員管理上の様々な課題があること、居住空間であるがゆえに仕事のスペースが確保しづらいといった声も多く聞かれる。本当に価値ある情報は顔を突き合わせないと入手しにくいという意見はワーカーにとってホンネであろう。
このような在宅勤務体制をとる一方で、今あるオフィス内での従業員の安全対策上、ソーシャルディスタンスの観点などから、支払賃料との関係に配慮しつつ、より広いオフィス面積が必要であるとの声も聞かれる。そもそも在宅勤務が困難な業態もあるし、目立たないが業績好調な企業も存在する。このように、オフィス減床、拠点撤退という情報のみに惑わされることなく、どういう業態の、何を優先する企業かによってその動きは一様ではないことに留意すべきだろう。
バブル崩壊後の1990年代以降、数度にわたって将来的にリアルなオフィス空間が不要になるといわれた時期があった。それから相当な時間が経過したが、現実はどうだろうか。オフィスは不要どころか、その面積は増え続けている。
帝国データバンクの「全国社長年齢分析」(2020年)によると、社長の年齢層は全体の半数以上が60歳以上で、50歳以上を含めると8割に近く、平均年齢は上昇し続けている。IT系など若手経営者が注目されているが、全体的には世代交代は進んでいないようである。実利主義の意識が高く行動スピードの速い若年層に対し、昭和世代の壮年層ではオフィスに対する位置づけや意識がそもそも異なるため、急な変革は難しいかもしれない。ただし、後者も今回の大きな環境変化を受け、今後の方針転換を模索している最中ではないだろうか。
では、今後、どうなるか。私は、メインビル+多拠点の『ハイブリッド型』が進むと考える。
そもそもオフィス、特に賃貸オフィスビルに入居するユーザーは、自由度の意識が高い。要は様々な有事の際に対応しやすいということだ。ただし、一方で中長期にわたって持続可能な安定性は外せない。よって、業務効率や生産性、セキュリティー、コスト、快適性などを勘案し、借地借家法で守られているメインビルを適正規模化し、在宅勤務も含めた必要に応じて使える拠点を「多数」組み合わせることで、フレキシブルに仕事をするスタイルが可能となるだろう。そう、まさしく今、各企業がトライしている形態である。
働く「場」としてのオフィスは、ユーザーにとっての理想形の一つに近づきつつある。
【著者略歴】
不動産鑑定士トシこと深澤俊男(ふかざわ・としお)。不動産業界に約30年。大手不動産サービス会社(現CBRE)でCBRE総合研究所大阪支店長を経た後、2009年に深澤俊男不動産鑑定士事務所を開業、12年に株式会社アークス不動産コンサルティングを設立。大阪市立大学大学院創造都市研究科修士課程修了。近畿大学非常勤講師などを務める。趣味は旅行。全国47都道府県に足跡がある、自称「ほっつきWalker」。